外国風情が漂う町「軽井沢」 – 軽井沢の成り立ち

1885年の夏、カナダ人の宣教師アレクサンダー・クロフト・ショー(Alexander Croft Shaw)が東京の酷暑から逃れるため軽井沢を訪れました。ショーは軽井沢の過ごしやすい冷涼な気候や自然、景観、そして何よりも彼の故郷であるトロントに似ていることからその地に魅了され、友人の英語講師ジェイムズ・メイン・ディクソンと軽井沢で毎夏過ごすようになりました。

アレクサンダー・クロフト・ショー記念館
旧軽銀座を通り抜けた所にアレクサンダー・クロフト・ショー記念館はあります

1888年には旧軽井沢に別荘を建築。ショーの別荘は複数回の移築復元を経てショーハウス記念館として今に残ります。

和式から様式への変化 – 軽井沢のホテル

万平ホテル
万平ホテル 転載元:Wikipedia

万平ホテル、軽井沢ホテル、三笠ホテル

ディクソン夫妻は懇意にしていた亀屋旅館の主人佐藤万平に西洋の食事やライフスタイルを教え、万平は軽井沢で最初の様式ホテル「万平ホテル」(旧称「亀屋ホテル」)を創業。その後「軽井沢ホテル」「三笠ホテル」を開業し、ショーやディクソンのような外国宣教師、英語講師だけではなく、西洋への憧れからか日本の知識人、文化人の人気を博しました。

ショーの影響から教会が多く建てられ、今でも軽井沢には趣のある教会が多く現存しています。軽井沢を訪問する人は一種の異国情緒を味わえると思います。

リゾート開発と自然との共存

戦後、鉄道やバスといった交通網が整備され、東京軽井沢間の人・モノの行き来が活発化しました。国際観光文化都市に指定されたことも後押しし、西武や東急資本が入り、旧軽井沢と中軽井沢を中心に大規模開発が行われました。分譲別荘地や千ヶ滝近辺での温泉の掘削、ゴルフ場、保養所、ペンション、テニスコート、アイススケート場などの建設ラッシュがしばらく続きました。大きな建築物としては、1998年長野オリンピック用に作られたカーリング会場(軽井沢アイスパーク)を思い浮かべる人も多いでしょう。

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軽井沢町と他のいわゆる新興リゾート地の違いは「自然との共存」だと感じる方が多いのではないでしょうか?星野リゾートの創設者、星野嘉助は温泉事業化を進める一方、野鳥の森「ピッキオ(Picchio)」を創設し、エコツーリズムをテーマとした事業にも専念します。軽井沢町全体としては軽井沢ブランド維持のため条例でコンビニなどの24時間営業、2018年に施行された民泊新法(住宅宿泊事業法)には風紀を乱すとして反対のスタンスでいます。

近年の軽井沢

バブル期から「旧軽銀座」として有名な旧軽井沢メインストリートは今でも国内外の観光客で一年中賑わっています。個性的なレストランショップ美術館など見所が多いため、暖かい時期にはレンタサイクルショップで自転車を借り、心地よい風と木漏れ日を浴びながら旧軽銀座や旧軽井沢別荘地巡りをするのもおすすめです。

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避暑地・別荘地としてのブランド力

軽井沢の年間平均気温は8.2℃と札幌の8.9 ℃より低く、降水量は1241.7 mmと(長野県は902mmで最も雨が降らないランキング1位をキープしています)冷涼かつ晴天が多い土地です。そのため避暑地として知られ、ジョン・レノンが万平ホテルに毎夏泊まったことは有名ですが、ビル・ゲイツ(真相のほどはわからないが千ヶ滝付近で建設中だといわれています)や孫正義など、バブル崩壊後も多くの著名人がこぞって別荘をたてています。

この特徴的な気候は蕎麦栽培に適していて、酒造りに必要な名水が多くあることから地ビール(「軽井沢ブルワリー」、等)や酒どころ(佐久地域)としても知られています。

長野県の蕎麦畑
咲き乱れる蕎麦の花。蕎麦は冷涼な気候の地域で多く栽培されます

(長野県の年間降水量は)最下位から、47位は長野県の902mm、 46位は岡山県の1,143mm、 45位は山梨県の1,190mmです。

http://grading.jpn.org/SRB02402.html